Dirk Willer:米国債市場のボラティリティとリスク資産(2026年10月)
1.対談の概要
2026年10月6日に公開されたCitiのポッドキャスト「Research @ Citi Markets Edition」では、Dirk Willer氏(Global Head of Macro Strategy and Asset Allocation)とAdam Pickett氏(Head of Global Macro Strategy Team)が、米国債市場のボラティリティ上昇と、そのリスク資産への影響について議論しています。
今回のテーマは「VAR – Volatility Also Rises」です。
金利が上昇しているにもかかわらず、株式などのリスク資産が比較的堅調に推移しているのはなぜか。また、この状況は今後も続くのか。両氏は、米国債市場のボラティリティを出発点に、株式、新興国通貨、欧州国債市場などへの影響を検討しています。以下では、主要な論点について議論を要約しています。
2.主要な論点
① 米国債利回りの水準よりもボラティリティが重要
Willer氏は、米国10年国債利回りの水準そのものは、株式などのリスク資産の動向を予測するうえで、それほど有効ではないと指摘しています。むしろ重要なのは、米国債市場のボラティリティを示すMOVE指数です。
これまでMOVE指数は比較的落ち着いていましたが、足元では上昇し始めており、金利上昇が株式市場に影響を及ぼすリスクが高まっているとみています。ただし、過去の傾向ではMOVE指数の急上昇は比較的短期間で収束することが多く、FRBの利上げ開始前後に上昇した後、利上げサイクルの方向性や速度が明確になるにつれて低下する傾向があるとしています。
一方で、今回は長期国債の需給にも懸念があります。Willer氏によれば、2026年には米国債の入札が行われる週の債券パフォーマンスが、入札のない週と比べて悪化する傾向が、過去よりも顕著になっています。
そのため、ボラティリティ上昇が単にFRBの政策見通しを反映したものではなく、長期国債の買い手不足に起因している場合には、株式市場へのリスクがより大きくなる可能性があります。
② 株式市場は金利上昇を無視しているわけではない
Willer氏は、株式市場が金利上昇の影響を受けていないという見方にも異議を唱えています。
株価指数の水準だけを見ると株式市場は堅調ですが、その内部ではすでに調整が進んでいます。具体的には、金利上昇によって株式のバリュエーションが低下しているほか、金利感応度の高いセクターや小型株には下落がみられます。
一方、大型グロース株の好調な利益成長が、S&P500指数全体を下支えしています。したがって、金利上昇の影響を評価する際には、株価指数の水準だけでなく、バリュエーションやセクター間の動向を見る必要があるとしています。
こうした状況を踏まえ、Citiのマクロ戦略チームは、MOVE指数の上昇を警戒しつつも、株式に対する建設的な見方を維持しています。
③ 債券市場のボラティリティは新興国通貨にも波及する
Pickett氏は、MOVE指数が新興国通貨のキャリー取引にも重要な影響を及ぼすと説明しています。
Citiでは、MOVE指数を組み込んだクロスアセット・ボラティリティ指標を、こうした取引のリスク管理に利用しています。足元では、この指標がCitiの設定する2標準偏差の水準を超えたため、新興国通貨のキャリー取引から撤退したとしています。再び同様の取引を行うには、クロスアセットのボラティリティが低下することが望ましいとの見方です。
また、世界的な金利上昇には商品価格の上昇も影響しています。当初は原油が中心でしたが、最近ではディーゼルなどの石油製品価格にも注目が集まっています。Pickett氏は、ディーゼルの生産量に対して消費量が多い国々の脆弱性に言及する一方、為替市場での感応度は、メキシコペソやチリペソなどで特に大きいと指摘しています。
④ フランス国債市場とECBの金融政策
対談では、フランス国債市場の動向についても議論されています。
Pickett氏は、フランスでは財政再建が進む見通しが乏しく、フランス国債とドイツ国債の利回り格差が拡大するリスクがあると指摘しています。これに加えて、ECBの積極的な利上げ姿勢、国債のキャリー取引の巻き戻し、エネルギー価格の上昇が重なり、フランス国債市場に強い売り圧力が生じたと説明しています。
ただし、2011年の欧州債務危機当時ほどのストレスはみられず、他国への波及も限定的との認識です。
今後については、ECBが利上げペースを緩めることや、エネルギー価格が低下することが、フランス国債市場の安定につながる可能性があります。一方、ECBと他の中央銀行との金利差が縮小する場合には、ユーロ相場への影響がより大きくなる可能性も指摘しています。
⑤ G10の利上げサイクルと市場の織り込み
Willer氏は、G10諸国の利上げサイクルについても、過去の事例を用いた分析を紹介しています。
その分析では、利上げ開始時点のインフレ率が、その後に政策金利を中立金利よりどの程度高く引き上げる必要があるかを考えるうえで、重要な変数とされています。
現時点の市場では、G10諸国の利上げ幅はおおむね十分に織り込まれているとの評価です。
ただし、過去に累計100bp以上の利上げが行われたサイクルでは、最初の利上げが実施される前に短期市場金利がピークを迎えることはまれだったと指摘しています。
この観点から、カナダ銀行、イングランド銀行、スウェーデン中銀、スイス国立銀行などについては、今後の金利の再評価余地を個別に検討する必要があるとしています。
3.感想
今回の対談で興味深かったのは、米国債市場の動向を、金利水準だけでなく、ボラティリティや国債需給という観点から捉えている点です。
金利上昇がリスク資産に与える影響を考える際には、単に米国10年国債利回りが何%になったかを見るだけでは不十分であり、金利の変動率や、その変化が何によって生じているかを区別する必要があるということです。
また、株式市場についても、指数全体が堅調だからといって、金利上昇の影響がないわけではありません。バリュエーションやセクター間の動向を確認することで、指数の表面には現れにくい変化を捉えられます。
さらに、米国債市場のボラティリティが新興国通貨のキャリー取引にも影響するという議論は、米国金利とグローバル金融市場のつながりを理解するうえで参考になります。
米国金利を起点に、株式、為替、海外の金融政策へと視野を広げるという意味で、参考になる対談でした。