『The Unanchored Central Banker』著者インタビューを見て
Manoj Pradhan氏が、Top Traders UnpluggedのIdeas Lab #50(2026/6/24)に出演していました。ホストはKevin Coldiron氏です。
Pradhan氏は、Charles Goodhart氏との共著『The Great Demographic Reversal』で、世界的な人口構成の変化が労働力不足をもたらし、長期的にインフレ率と金利を押し上げる可能性を指摘していました。
今回のインタビューでは、2026年4月に出版された新著『The Unanchored Central Banker: Demography, Fiscal Instability, and an Erosion of the Central Bank’s Inflation-Fighting Ability』をもとに、前著の人口動態の議論をさらに発展させています。
特に興味深いのは、高齢化によって社会保障支出と政府債務が増加する世界では、中央銀行がこれまでのようにインフレ抑制だけを考えて金融政策を運営することが難しくなる、という議論です。
以下では、印象に残った5つの論点について議論を要約しています。
1.印象に残った論点
①人口動態の追い風が逆風へ
インタビューの冒頭では、前著『The Great Demographic Reversal』の議論を振り返っています。
Pradhan氏は、過去数十年間の世界経済には、ベビーブーマー世代の労働市場への参加、女性の労働参加率の上昇、中国を中心とした世界経済への巨大な労働力の供給という、大きな追い風があったと説明しています。
特に中国の世界経済への統合は、世界的な労働供給を大きく増加させました。企業は低コストの労働力を利用するために資本を中国へ移し、それによって財価格や賃金への上昇圧力が抑えられました。同時に先進国では投資需要が相対的に低下し、実質金利にも低下圧力がかかったとしています。
低インフレと低金利は、政府にとっても好都合でした。政府支出や債務が増えても、低い金利によってその資金調達コストを抑えることができたためです。また、物価が安定していたことで中央銀行も金融政策を運営しやすく、政府は中央銀行に高い独立性を認めることができました。
しかし、その環境を作った構造的な力が反転しつつあります。
ベビーブーマー世代は労働市場から退出し、中国の労働力も減少しています。先進国では女性の労働参加率もすでにかなり高い水準に達しています。さらに、コロナ後に増加した移民についても、多くの国で政治的・社会的な反発が強まり、今後の労働力不足を移民によって補うことも以前ほど容易ではなくなっています。
Pradhan氏は、過去数十年間に世界経済を支えてきた「人口動態のスイートスポット」を再現することは難しくなっていると考えています。
②高齢化すると本当に実質金利は低下するのか
今回のインタビューで特に興味深かったのが、高齢化と実質金利の関係についての議論です。
一般的には、寿命が延びれば人々は長い老後に備えて貯蓄を増やすと考えられます。貯蓄が債券市場などへ流入すれば資金供給が増えるため、実質金利には低下圧力がかかります。
Pradhan氏も、この論理そのものには一定の合理性があると認めています。
しかし、そこには大きな「盲点」があると指摘します。それは、高齢化が影響するのは家計だけではないということです。高齢者が増えれば、政府は年金、医療、介護などへの支出を増やす必要があります。特に高齢化に伴って認知症などの疾患が増加すれば、医療・介護支出への圧力はさらに大きくなります。
したがって、「家計:長寿化 → 貯蓄増加」という力だけを見るのではなく、「政府:高齢化 → 社会保障支出増加 → 財政赤字拡大」という力を同時に考える必要があります。
Pradhan氏らは、家計の貯蓄増加よりも政府の「負の貯蓄(dis-saving)」の増加の方が大きくなると考えています。その場合、経済全体では資金需要が増加し、実質金利にはむしろ上昇圧力がかかることになります。
つまり、高齢化と金利の関係を考える際に、家計の貯蓄行動だけを見るのではなく、政府のバランスシートまで含めて考える必要があるという議論です。
③AIは人口動態による労働力不足を解決するのか
前回のインタビューでもテクノロジーと自動化について議論されていましたが、今回はAIをめぐってさらに踏み込んだ議論が行われています。
現在のAIをめぐる議論では、AIによって大量の仕事が失われる可能性が注目されています。しかしPradhan氏は、人口動態の観点から見ると、そもそも今後の世界経済では労働力そのものが不足する可能性が高いと考えています。そのためAIは、単純に「人間の仕事を奪う技術」としてではなく、不足する労働力を補う技術として捉えることもできます。
一方で、Pradhan氏はAIの影響について断定的な予測をしていません。過去にも産業革命、インターネット、家電製品など、新しい技術が登場するたびに大量失業が予想されました。しかし実際には、既存の仕事が失われる一方で新しい仕事も生まれてきました。
また、製造業の技術革新とAIでは雇用への影響の現れ方が異なる可能性があるとしています。製造業の場合、特定の工場や地域に雇用が集中しているため、技術革新によって大規模な失業が特定地域に集中することがあります。一方、会計などのサービス業は社会全体に分散しているため、仮にAIによって業務量が20~30%削減されても、その影響は経済全体に分散する可能性があります。
さらに興味深いのは、AIが金利に与える影響です。AIへの巨額の設備投資は、データセンター、半導体、電力などへの資本需要を増加させます。企業がそれまで金融市場に置いていた資金を設備投資へ振り向ければ、資金供給が減る一方で資金需要が増えるため、実質金利には上昇圧力がかかります。
Pradhan氏は、AIを単なる「労働節約技術」として見るのではなく、労働市場、設備投資、電力需要、所得分配、金利まで含めて考える必要があるとしています。
④高齢化への対応――高齢者の労働参加をどう考えるか
高齢化による財政負担を軽減する方法についても議論されています。
Pradhan氏が比較的実現しやすい政策として挙げているのが、高齢者がより長く働ける環境を整えることです。
具体的には、55歳以上の労働者を雇用する企業へのインセンティブや、画一的な退職年齢ではなく、本人が退職時期を柔軟に選択できる制度などを提案しています。肉体労働では年齢による制約が大きくなる一方、知識や判断力、経験が重要になる仕事では、年齢を重ねることが必ずしも生産性の低下を意味するわけではありません。長く働くことができれば、労働供給を増やすだけでなく、年金を受給する期間を短くしたり、受給開始を遅らせたりすることで、社会保障制度への負担を軽減することもできます。
インタビューでは、子どもの有無によって税負担を変えるという、より議論を呼びそうな提案についても取り上げられています。Pradhan氏らの問題意識は、高齢者介護のかなりの部分が家族によって担われている一方、子どもを持たない場合には、その介護や医療の負担が将来的に国家や他の世代へ移る可能性があるという点にあります。
ただし、これは家族のあり方について倫理的な判断を行うものではなく、世代間の社会保障負担を経済的にどう配分するかという問題として提示されています。
実際の制度としてどこまで実現可能かは別として、高齢化を「高齢者が増える」という問題だけではなく、誰が働き、誰が介護し、誰がその費用を負担するのかという世代間の資源配分の問題として捉えている点は興味深いと思います。
⑤なぜ中央銀行は「Unanchored」になるのか
新著のタイトルにつながる、今回のインタビューでもっとも重要な議論です。
Pradhan氏らは、過去数十年間の低インフレについて、中央銀行の金融政策だけで説明することには慎重です。特に1990年代以降、世界的な財価格の低下には、中国の低コスト生産が大きく寄与しました。先進国の中央銀行は国内のサービス価格をある程度安定させながら、中国からもたらされた財価格のディスインフレという追い風を受けることができたという見方です。
しかし今後は、労働力不足や政府支出の増加によって、国内のサービス価格に上昇圧力がかかる可能性があります。
さらに問題になるのが政府債務です。Pradhan氏はPaul Volcker氏の時代との違いを指摘しています。Volcker氏がインフレを抑えるために大幅な利上げを行った時代には、現在ほど政府債務は大きくありませんでした。そのため、高金利によって景気後退を引き起こしても、政府の利払い費が財政を不安定化させるという問題は現在ほど大きくありませんでした。
しかし、政府債務がGDP比100%を超えるような状況では事情が異なります。
中央銀行がインフレを抑えるために大幅に金利を引き上げれば、政府の利払い費が増加します。それによって財政赤字と政府債務がさらに増加すれば、現在のインフレを抑えるための金融引き締めが、将来の財政問題を悪化させる可能性があります。
その結果、中央銀行は、インフレを抑えることだけを考えるのではなく、政府債務や国債市場を不安定化させないことも考えなければならなくなります。
Pradhan氏は、これを中央銀行が「unanchored」になる状況として捉えています。中央銀行の法的な独立性が直ちになくなるという意味ではなく、高い政府債務によって、インフレ目標だけを単独で追求する余地が狭くなるという議論だと理解しました。
Coldiron氏はこれを、インフレ抑制と債券市場の安定を同時に達成できなくなった場合、最終的には債券市場の安定を優先せざるを得なくなるのではないかと整理しています。
Pradhan氏もその見方に同意し、QEが繰り返し利用されるようになったことや、英国、フランス、日本、米国などで財政政策に対して債券市場が敏感に反応するようになっていることを例として挙げています。
2.上記について思うこと
今回のインタビューで最も興味深かったのは、前著『The Great Demographic Reversal』で提示された人口動態の議論が、財政政策と中央銀行の問題へ明確に発展していることでした。
前著の基本的な議論は、「人口高齢化 → 労働力不足 → 賃金上昇 → インフレ・金利上昇」というものでした。
しかし新著では、「人口高齢化 → 年金・医療・介護支出の増加 → 財政赤字・政府債務の増加 → 利払い費増加 → 中央銀行の金融政策への制約」というもう一つの経路がより重要になっています。
特に印象に残ったのは、「高齢化すれば長寿に備えて家計が貯蓄を増やすため、実質金利は低下する」という議論に対して、家計だけでなく政府も高齢化すると考える点です。家計の貯蓄増加よりも、高齢化による政府の負の貯蓄が大きくなれば、経済全体ではむしろ実質金利に上昇圧力がかかります。この視点は、人口動態と金利を結びつける上で非常に興味深いと思いました。
また、中央銀行についての議論も重要だと思います。
政府債務が小さい時代であれば、中央銀行は景気を犠牲にしてでもインフレを抑えることが比較的容易でした。しかし政府債務が大きくなれば、金利上昇そのものが政府の利払い費を増加させ、財政を悪化させます。
つまり、「インフレ → 利上げ → インフレ抑制」という従来の経路に、「利上げ → 政府利払い費増加 → 財政赤字拡大 → 政府債務増加」というフィードバックが加わります。これは、金融政策と財政政策を完全に切り離して考えることが難しくなっているという問題でもあります。
一方で、中央銀行が必然的に財政へ従属する、あるいは今後インフレ率が恒常的に高くなるとまで考えるかについては、慎重に見ておきたいと思います。Pradhan氏自身も、南アフリカやニュージーランドのように、政府が財政規律を重視する例が存在することを認めています。
また、AIについての議論も印象に残りました。
個人的には以前から、高齢化がインフレ圧力となる一方で、AIやロボットなどのテクノロジーがデフレ圧力として作用する可能性があると考えていました。しかし今回の議論を見ると、AIは生産性を高める一方で、巨額の設備投資や電力需要を必要とするため、資本需要という面からは金利や物価に上昇圧力を与える可能性もあります。
したがって、AIを単純に「デフレ要因」と位置づけるのではなく、生産性・労働代替というデフレ的な側面と、設備投資・電力需要・資本需要というインフレ・金利上昇的な側面
の両方を見る必要があるのだと思います。
前回の2022年のインタビューでは、「人口動態を物価や金利を考えるための構造変数として見る」という点がもっとも印象に残りました。
今回の2026年のインタビューでは、その議論がさらに進み、「人口動態 → 社会保障 → 財政 → 国債市場 → 中央銀行」という一つの大きな連鎖として捉えられているように感じました。特に、政府債務が大きくなった世界で中央銀行がどこまでインフレ目標を単独で追求できるのかという問題は、今後の米国債市場や金融政策を考える上でも重要な論点だと思います。
人口動態という出発点は同じでありながら、議論の中心が「インフレがなぜ高くなるのか」から「その世界で中央銀行はどのような制約を受けるのか」へ進んでいるところが、今回のインタビューの最も興味深い点でした。