『The Great Demographic Reversal』著者インタビューを聞いて
4年ほど前のコンテンツではありますが、Manoj Pradhan氏が、Top Traders UnpluggedのIdeas Lab #04(2022/7/19)に出演していました。ホストはKevin Coldiron氏です。
今回のインタビューでは、『The Great Demographic Reversal: Ageing Societies, Waning Inequality, and an Inflation Revival』で提示された「人口構成の変化がインフレや金利の長期的な方向性を変える」という議論をもとに、中国の労働力、高齢化、テクノロジー、政府債務、中央銀行、所得格差などについて幅広く議論しています。
本については別の記事で内容を整理していますが、インタビューでは本の議論をより具体的な事例に当てはめながら説明しているほか、高齢化による財政負担と中央銀行の関係についても興味深い議論をしていました。
以下では、印象に残った5つの論点について議論を要約しています。
(なお、新著『The Unanchored Central Banker: Demography, Fiscal Instability, and an Erosion of the Central Bank’s Inflation-Fighting Ability』(2026/4出版)に関するインタビューについても、続けて記事を作成する予定です。)
1.印象に残った論点
①中国と人口動態が世界の労働供給を大きく増やした
Pradhan氏は、過去30年間の世界経済を考える上で、中国と人口動態という二つの構造的な力が非常に重要だったと説明しています。
中国は1979年以降に経済を開放し、2000年前後から世界の製造業へ本格的に組み込まれていきました。Pradhan氏は、中国の巨大な労働力が世界経済へ加わったことに加えて、先進国ではベビーブーマー世代が労働市場に参加していたことによって、世界経済が利用できる実質的な労働供給が大幅に増加したと捉えています。
その結果、世界的に労働コストが抑制され、先進国では製造業を中心として賃金への下押し圧力が生じました。一方、中国をはじめとする新興国では所得が上昇しました。先進国内の所得格差が拡大する一方、世界全体でみれば所得格差が縮小するという現象も、この大きな労働供給ショックと関係していたと説明しています。
しかし、今後はこの方向が逆転するとしています。中国の労働力人口が減少し、先進国でもベビーブーマー世代が引退していくためです。
Pradhan氏が重視しているのが従属人口比率です。働く人は財やサービスを生産しますが、子どもや高齢者などの従属人口は、一般に生産活動への参加が限定的である一方、消費を行います。過去30年間は労働人口の増加が従属人口の増加を上回ったため、世界経済にはディスインフレ的な力が働きました。しかし今後30年程度は高齢者の割合が急速に増加し、この関係が逆転すると考えています。
つまり『The Great Demographic Reversal』というタイトルが示す“Reversal”は、単に人口が減るという話ではなく、世界経済における「生産する人口」と「消費する人口」のバランスが大きく変化するという意味になります。
②インドやアフリカは「次の中国」になれるのか
Coldiron氏は、中国が高齢化するのであれば、人口の若いインド、アフリカ、東南アジアなどが新しい労働力供給源となり、中国の役割を引き継ぐことができるのではないかと質問しています。
Pradhan氏も、インドやサハラ砂漠以南のアフリカなどの人口構成については肯定的に見ています。しかし、それだけで中国に代わることは難しいと考えています。
一つは移民の問題です。理論的には、若い人口を高齢化している先進国へ移動させれば労働力不足を緩和できます。しかし、大規模な移民を受け入れることには政治的な制約があります。
もう一つは、資本を若い人口のいる国へ移動させる方法です。しかし、若い労働力が存在することと、その労働力を使って効率的に生産できることは同じではありません。インフラ、人的資本、制度、国家としての政策遂行能力など、資本を生産へ転換するための条件が必要になります。
さらに、中国が成長した時代にはグローバル化そのものに追い風があり、企業が積極的に生産拠点を海外へ移していました。現在はサプライチェーンを海外へ移すことに対する考え方も変化しています。
Pradhan氏は、インドやアフリカの成長には楽観的である一方、それらの国々が高齢化による世界的な労働力不足を相殺する「次の中国」になることについては慎重な見方を示しています。
③テクノロジーは高齢化による労働力不足を補えるか
もう一つ重要な反論として取り上げられているのが、テクノロジーと自動化です。
技術進歩によって生産性が上昇すれば、労働人口が減少しても一人当たりの生産量を増やすことができます。また、デジタル技術の発達によって、以前は高価だったサービスが非常に安くなったり、無料になったりすることもあります。この意味では、テクノロジーには明らかにデフレ的な力があります。
しかしPradhan氏は、すべての仕事が同じように自動化できるわけではないと指摘します。特に高齢化によって需要が増える介護や医療では、人間による対応が重要になります。
インタビューでは、日本の介護施設にロボットを導入した事例が紹介されています。センサーや介助機器を利用することで職員の残業時間を減らすことはできましたが、介護職員そのものを減らすことはできなかったとしています。機械が単純な作業を代替することで、むしろ人間は高齢者とのコミュニケーションや個別対応など、人間にしかできない仕事へ集中できるようになりました。
Pradhan氏は自動化を否定しているわけではありません。むしろ、高齢化社会では可能な限り自動化を進める必要があると考えています。ただし、高齢化によって増える労働需要のすべてをテクノロジーだけで代替することは難しいという見方です。
この議論は、「AIやロボットによる生産性向上」と「高齢化による労働力不足」のどちらが大きな力になるのかという、今後の物価を考える上でも重要な論点だと思います。
④高齢化は政府債務と中央銀行の問題でもある
今回のインタビューで特に興味深かったのが、高齢化と政府債務を結びつけた議論です。
高齢化が進めば、年金、医療、介護などに必要な支出が増えていきます。Pradhan氏は、こうした支出について、政府が単純に「負担しない」とすることは政治的にも経済的にも難しいと考えています。
仮に政府が老後の年金や医療をほとんど保障しないとすれば、人々は長寿リスクに備えて現在の消費を減らし、貯蓄を大幅に増やす可能性があります。それが経済全体で起これば、消費の減少を通じて景気を大きく悪化させる可能性があります。そのため、程度の差はあっても政府は高齢化に伴う支出を引き受けざるを得ないという見方です。
問題は、その財源です。
Pradhan氏は米国について、CBO(米国議会予算局)による当時の長期見通しを引用し、高齢化などを背景として政府債務が大幅に増加する可能性を指摘しています。そして、政府債務が増え続ける場合、生産性向上による経済成長や増税などの対応が考えられますが、Pradhan氏はそれぞれの難しさを指摘し、インフレによって債務の実質的な負担を軽減する可能性に着目しています。
ここから議論は中央銀行と債券市場へ移ります。
政府による国債発行が増える一方で中央銀行が保有資産を減らせば、増加した国債を民間部門が吸収する必要があります。その際には、投資家が国債を保有するために、より高い金利を要求する可能性があります。
一方、中央銀行が国債を大量に保有し続ければ、民間部門が吸収しなければならない国債の量を抑えることができます。Pradhan氏は、高齢化によって政府債務が増加していく世界では、中央銀行が長期的に政府債務の一部を吸収せざるを得なくなる可能性を考えています。
その延長線上で、金融抑圧についても議論されています。インフレ率より低い金利で政府が資金を調達できれば、政府債務の実質的な負担は時間とともに軽くなります。中央銀行がインフレを完全に抑え込むことよりも、ある程度高いインフレを許容する方向へ傾く可能性があるというのがPradhan氏の見方です。
もちろん、国債を中央銀行が購入すれば必ずインフレになるという単純な議論ではありません。Pradhan氏自身、日本などの経験にも触れながら、債務のマネタイゼーションが必ずしも直ちに大幅なインフレをもたらすわけではないとしています。
さらに、Pradhan氏は、高齢化に伴う政府支出を中央銀行が一部ファイナンスすることが、状況によっては、増税に伴う賃金・物価上昇圧力を抑える可能性もあるという、逆説的な見方を示しています。
重要なのは、高齢化を単に労働力不足の問題として見るのではなく、「人口の高齢化 → 社会保障支出の増加 → 政府債務の増加 → 国債発行の増加 → 金利・中央銀行政策への影響」という経路でも考えていることだと思います。
⑤労働力不足は所得格差を縮小させる可能性がある
最後に取り上げられているのが、所得格差です。
Pradhan氏は、人口動態の変化によって労働力が希少になれば、労働者の交渉力が回復すると考えています。
インタビュー当時の米国では、特に低賃金・低技能の労働者の賃金が高所得層より速いペースで上昇していることが指摘されています。人手不足の業種では賃金を引き上げなければ労働者を確保できず、他の業種も人材流出を防ぐために賃金を引き上げる必要が生じます。
過去30年間は、世界的な労働供給の増加によって企業側の交渉力が強まり、先進国では労働者の賃金が抑制される一方、資本の側が大きな恩恵を受けてきたというのが著者らの見方です。
これから労働力が希少になれば、その関係が逆転し、所得格差が縮小する可能性があります。
ただし、それには代償もあります。賃金上昇は企業のコストを押し上げ、物価にも上昇圧力を加えます。過去数十年間のような低インフレ、低金利、低いリスクプレミアムというマクロ経済の安定性の一部を失う代わりに、労働者の所得や交渉力が改善する可能性があるというトレードオフです。
2.上記について思うこと
高齢化から金利への経路は、「高齢化 → 労働力不足 → 賃金上昇 → インフレ → 金利」とともに、「高齢化 → 社会保障支出の増加 → 政府債務・国債発行の増加 → 金利・中央銀行政策」という経路があると思います。
今回のインタビューでは、高齢化による社会保障支出の増加が政府債務を拡大させ、その結果として国債市場や中央銀行の政策にも影響を及ぼすという後者の経路についてもかなり踏み込んだ議論がなされていました。
CNBCなどでのJeffrey Gundlach氏のコメントでも、社会保障費用の持続可能性への懸念はたびたび登場しており、日本だけでなく米国をはじめとする先進国の財政と債券市場を長期的に考える上で重要な視点だと感じました。
ただし、考え方を学ぶ一方で、Pradhan氏の議論の結果をそのまま将来予測として受け取ることには慎重でありたいとも思います。Pradhan氏自身、人口動態から長期的には金利上昇を予想する一方、短期的なイールドカーブについては予想を外したことを率直に認めています。人口動態のような長期的な構造変化から、短期の市場動向を予測することは別の問題なのだと思います。
また、今回のインタビューを2026年の時点から振り返ると、政府債務の増加を誰が吸収するのか、中央銀行と民間部門がどのように国債を保有するのかという議論は、現在の米国債市場を考える上でも興味深い論点です。以前取り上げた『A Fabulous Debt』の著者Robin Wigglesworth氏とKevin Coldiron氏の議論でも、米国政府の大きな資金調達需要と、それを支える国債市場の構造がテーマになっていました。
人口動態、財政、中央銀行、債券市場は、それぞれ別の問題としてではなく、相互につながった問題として考える必要があるのだとも思いました。
今回のインタビューを見て、Pradhan氏は既にこの時点で、新著『The Unanchored Central Banker』の問題意識を色濃く持っていたのだということを再確認しました。これについては、Michael Howell氏が普段から述べている「中央銀行は、元来、政府の資金調達を助けるために設立されたものである」というコメントを思い出しました。あくまで推測ですが、The Unanchored Central Bankerという言葉には、財政上の要請によって、中央銀行が物価の安定を優先した政策を選択することが難しくなっていくという意味が込められているのではないかという印象を受けました。