最近日銀総裁人事が話題に上がっていますが、金融政策の観点から日本経済を考えることは非常に重要だと思います。ここでは、そうしたテーマについて参考になる本をご紹介したいと思います。
1.書籍詳細
書籍名:日本経済の見えない真実
著者名:門間一夫
発行元:株式会社日経BP
発売日:2022年9月
門間一夫氏は、白川総裁と黒田総裁の下で日本銀行の理事をつとめたエコノミストです。
2.要約(ざっくり版)
この本は、中長期かつ国単位の大きな視点から、金融と財政を含めた日本経済について書かれています。内容としては、成長戦略、金融政策、財政政策等について論点の整理や問題点の指摘をした上で、(可能なものについては、)検討の方向性について意見を述べています。
著者のメッセージを一言でいうと、「低成長・資金余剰の常態化を前提として、(日本の)経済政策論を書き換えていく必要があるのではないか」ということになります。
具体的には、「現在の財政金融政策に関する理論は、経済成長率が相応に高く、金利が上下に動ける高さにあった時代に確立されたものであり、低成長、資金余剰、ゼロ金利が常態化した国にはそのまま適用できない。人口の減少と高齢化が急速に進む先進国である日本においては、低成長が続くものの、成長戦略を描くことも難易度が高いという現実がある。さらには、低金利からくる金融政策の限界もある。そうしたことを踏まえた場合、財政の役割がますます重要になる。難しい論点ではあるが、現実的な財政規律を考えながら、財政の潜在力を活かす政策を議論していく必要がある。」ということになると思います。
全体の構成としては、日本経済について、低成長の理由、成長戦略の難しさ、金融政策の限界、財政政策の重要性について著者の見解を述べていくという流れになっています。(以下この順でそれぞれの要旨をまとめたいと思います。)
2-1.低成長の理由と成長戦略の難しさ
日本の経済成長が低いのは、日本が先進国であり、かつ人口の減少と高齢化が急速に進んでいるという理由で説明できる。企業の面について言うと、内部留保のため込み批判は的外れである。(現金や預金も増えてはいるものの、)実際のところ企業は、国内市場への成長期待が低下する中で、活路を求めて海外展開に内部留保を使ってきたと推定される。また、家計の面からは、賃金の弱さ、税や社会保険料負担の増加、根強い将来不安などから個人消費が弱い。そうしたことを背景として、アベノミクス以降も国内需要を軸とする好循環が起こってこなかったと考えられる。
構造改革や成長戦略には、粘り強く取り組む必要があるが、そうならない可能性も意識して現実的なあり方を模索することも必要と考えられる。経済成長の面で日本は他の先進国に劣後していて、その分「伸びしろ」が大きい、という認識は疑わしい。生産性上昇率の長期的な低下傾向は、先進国共通に見られる現象である。逆に言うと、急速に高齢化が進む日本で今以上に成長率を高めるには、他の先進国と比べて卓越した成長力を発揮しなければならないということになる。現在と過去の過小評価は、将来に関する根拠なき楽観につながる。
2-2.金融政策の限界
低金利が常態化している日本で、もともと日銀が直面していたのは、「(景気を上向かせるために金融を緩和しようとしても)名目金利の引き下げ余地があまりない」という問題。それに対して理論が示す解決策は、「期待インフレ率を上げればよい」ということであった。(“実質金利=名目金利 – 期待インフレ率”から、期待インフレ率を上げれば、名目金利が下がらなくても実質金利を下げることができるため。)
そのため、日銀は人々の期待に働きかけることで、期待インフレ率を上昇させようとした。しかしながら、日本の低インフレは深く社会に根付いているものであり、“2%程度のインフレが不満の種にもニュースにもならず、日常生活に溶け込んで長く社会になじむ状態”に持っていくことは難しいと考えられる。
ただし、日銀が異次元緩和を続けたことで、日本経済の問題は(金融政策ではなく、)成長戦略や成長と分配を巡る問題、財政政策の在り方などであると認識できる状態を作り上げたことは、その功績である。
2-3.財政政策の重要性
低成長・資金余剰経済において重要な役割を果たすのは財政政策である。将来起こりうる景気後退やデフレには、財政政策で対応するしかない。成長戦略や社会課題解決との関連においても財政にしか果たせない役割がある。プライマリーバランスの黒字化を絶対視するのではなく、持続的にその潜在力を活かせる財政運営を模索することが望ましい。
財政の持続性や健全性については、「国債がデフォルトするかしないか」ではなく、「経済に大きな振幅をもたらすリスクはないか」という視点で評価するべきである。現実的に、日本において考えるべきは、”政府債務残高が過大となって国債がデフォルトする事象”よりも”「金融的な不均衡」によって経済の大きな振幅が引き起こされる事象”(例:バブル等)である。
3.感想
日銀の金融政策については、影響が大きいにも関わらず、「なぜそれを行っているのか?」という政策の意図について掴みにくいところがあると思います。(直接の当事者ではないものの、)著者自身が元政策当局者の立場にいたこともあり、それらについて非常に説得力のある議論が展開されていると感じました。
また、議論を進めるうえで、“確かに言えること”と“はっきりとはわからないこと”を切り分けて整理しており、通説で言われていることと事実とされていることを区別することができ、その点でも有益でした。金融政策や財政政策について、様々な意見が言論空間にありますが、この本の内容は、そうしたものを的確にとらえるための座標軸になりうるのではないかとも思いました。
個人的には、著者が提示している論点やそれらに対する意見は、現実を見据えているという点において、的確でバランスが取れているように感じました。やはり金融政策のみでは限界があるという見解についてはその通りだと思うとともに、あらためて財政政策の重要性を認識しました。