前回の金融政策に続き、今回は日本の財政について書かれた本をご紹介したいと思います。
1.書籍詳細
書籍名:政府債務
著者名:森田長太郎
発行元:東洋経済新報社
発売日:2022年11月
森田長太郎氏は、日本国債に関する市場予測を行っている債券アナリストです。
2.要約(ざっくり版)
この本は、政府債務を通して、日本の財政について書かれています。内容としては、リスクマネジメントの観点から政府債務について論点の整理をした上で、日本がとるべき今後の方向性について意見を述べています。
著者の結論を一言でいうと、「日本が現在直面する将来のリスクプロファイルを正確に認識した上で、政府債務を国家のリスクマネジメントの最重要事項の一つとして取り扱っていくべきである」ということになります。そして、その論旨としては、「現在日本の政府債務残高は、GDP対比で200%近くに達しており、先進国の中でも突出して大きい水準にある。これをもって政府が財政破綻するということはないものの、“飢饉・疫病”、“災害”、“戦争”等国家運営上の危機は存在する。そのため、(長期的に先を見据えて、)それらの危機が発生する可能性を認識した上で、財務状況の改善等のリスクマネジメントを行う意義は大きい」ということになると思います。
(以下、1.現状、2.リスク、3.対策 の流れでまとめてみました。)
2-1.日本の政府債務
2020年時点の日本の政府債務残高は、名目GDP対比で約180%の水準である(1990年時点では概ね40%程度の水準)。1990年代以降に政府債務残高の異例の増加が起きた原因は、支出面では“社会保障費”と“危機時の支出”の増加、収入面では“税収減”という3つの要素の組み合わせによるものと総括することができる。
“社会保障費”については、高齢化による影響が大半。“危機時の支出”については、平成バブル崩壊や世界金融危機等の金融危機時の財政支出。そして、“税収減”については、第一に法人税、続いて個人所得税の大幅な税率低下がもたらした税収の減少が、消費増税の増収効果を差し引いても膨大な金額に達したことが大きな要因である。
(“税収減”について更に詳しく見てみると、法人税については、グローバル競争の名のもと税率を引き下げ続けたこと。個人所得税については、”個々の労働者の所得低下”により各人に適用する税率区分が切り下がったことに加えて、”累進構造緩和などの制度減税”も大きな要因と考えられる。なお、前者の”所得低下”は経済構造の変化を背景とする一方で、後者の”制度減税”は直間比率見直しに伴う税制改革に伴うものであり、両者の性質は異なる。)
また、過去30年間における政府債務増加に占める割合は、概ね“社会保障費”が4割、“危機時の支出”が2割、“税収減”が4割となっている。
2-2.政務債務に大きく影響する事象
「国家の危機」(国家が巨大な債務を抱えることになる可能性のある事態)には、“飢饉・疫病”、“災害”、“戦争”の3つのリアル危機と“恐慌”といった金融危機がある。
“飢饉・疫病”については、例えばコロナの場合で、2020年度以降の財政負担はGDP比10~20%の範囲内にとどまる見込みと“災害”にくらべ限定的である。“災害”については、関東大震災と同規模の首都直下地震が発生した場合、トータルでGDP比100%近くの財政負担も想定が必要と考えられる。“戦争”については、第2次世界大戦時のデータ等から考えると、GDP比150%より大きな財政負担となっても不思議ではなく、最もインパクトが大きい。
また、“恐慌”については、例えばリーマンショックの場合2年間の累計だけで、49兆円(GDP比約10%程度)の財政負担ではあり、危機のたびに財政支出が拡大する傾向がある。
ただし、(金融危機と異なり、)リアル危機においては、政府は政策の自由度が限定されることには注意が必要となる。(供給能力が毀損しており、財政で需要を増やすと価格が上昇し、それが逆に民間の需要を圧迫する事象が起こり得るため。)
2-3.政府債務のリスクマネジメント
将来発生する可能性がある危機を正確に認識した上で、(長期的に先を見据えて)財政状況の改善に取り組むことを通してリスクマネジメントを行う意義は大きい。確率論として、実際に数十年という時間が経過した後にまったく不要であったという結果に終わる可能性も十分にある。しかしながら、逆の場合に日本がどのような運命に直面するかということを考えてみた時、そうした取り組みの価値は明らかである。
例えば、将来巨大なリアル危機が発生し、対外的なファイナンスが必要となるようなことがあった場合、政府債務の水準は、過去の活動履歴という意味において、日本の信用力を形成する最も重要な定性情報の一つになると考えられる。
さらに言うならば、政府債務問題に限らず、人口問題や安全保障問題等を含め日本は岐路に立たされている。それは、つまるところ「大国と小国のいずれの道を選択していくのか?」という大きな意味での国の在り方にまで及ぶ。そうしたことを踏まえて、包括的な国家のリスクマネジメントという視点から政策選択を積み重ねていく努力が政治リーダーに求められる。
3.感想
財政問題については、「積極財政と緊縮財政のどちらがよいのか?」という視点が語れることが多いと思います。著者の立ち位置は、どちらの立場にも属さない中立的なところにあり、客観的に議論が進められているように感じました。
企業や家計のファイナンスに比べて、政府のファイナンス(=財政)は、個人にとって身近でない存在であることもあり、何をどう考えるかがわかりにくい世界だと思います。政府債務についても経済ニュースなどで話題になることはあっても、「その水準をどうとらえていくのか?」というもう一歩踏み込んだ部分にはイメージがつきにくいのではないかと思います。
この本は、そうしたことを考える上での数少ない手がかりになり得るという点で貴重なのではないかと思いました。ただ、相当掘り下げた議論を展開していますので、根気よく論理を追っていく必要はあると思います。