C1.書籍紹介

本の紹介『物価とは何か』

今回は物価理論と中央銀行の政策について書かれた本をご紹介したいと思います。

1.書籍詳細

書籍名:物価とは何か
著者名:渡辺努
発行元:株式会社講談社
発売日:2022年1月

渡辺努氏は、経済学者で東京大学教授です。物価と金融政策を主な研究テーマにしており、日本銀行に勤務した経験もあります。

2.要約(ざっくり版)

この本は、物価に関する経済学の知見について書かれています。内容としては、物価変動のしくみとそれを制御するための理論と政策、及び日本の物価が動かない理由等について記載されています。

著者の話を一言に集約するなら、「物価を動かすのは、人々の予想である」ということになると思います。さらに具体的には、「物価を動かすのは、人々が予想するインフレ率である。多くの中央銀行は、物価の安定を目的として、人々のインフレ予想に働きかけることでインフレ目標を実現すべく政策を運営している。また、日本の物価が動かない理由は、1990年代の金融危機以降に生まれた価格据え置き慣行が継続。物価が全般に上がるわけではないという状況のもと、消費者が媒介する形で別々の店舗間の価格を相互に抑える作用がはたらき、価格が据え置かれてきたのではないかと考えられる」ということになると思います。

(以下、1.物価変動のしくみ、2.物価を制御するための理論と政策、3.日本の物価が動かない理由 の流れでまとめてみました。)

2-1.物価変動の仕組み

①物価変動の本質

物価について、上がるにせよ、下がるにせよ、人々の予想(気の持ちよう)次第である。「最初に予想ありき」というのがポイントで、その意味において、予想が物価を決めているということになる。事後の結果が当初の予想通りになれば、人々は当初の予想が正しかったと自信を深め、引き続きその予想を前提に行動する。このサイクルが繰り返される中で、その予想が社会に広く共有されていくことになる。(物価や賃金について、「毎年これくらいの引き上げ」というデフォルトがあり、それが社会で共有されている。)

インフレ率に関する人々の予想が変化すると、それと同じだけ金利も変化する。金利はインフレ率よりも少しだけ高い。金利からインフレ率を差し引いたものは”実質金利”と呼ばれているが、実際のデータを見てみるとこれが多くの国で正の値をとっている。また、金利があがると手元に持っておくよりも運用した方が得であるため、人々の貨幣に対する需要は、低下する。

②中央銀行の役割

中央銀行は、通貨の価値が安定するように政策運営を行っている。多くの国の中央銀行や政府はインフレターゲティングという政策を採用しており、インフレ率の目標値をあらかじめ決めて、それを実現させるべく政策を運営している。日銀もインフレターゲティングを導入しており、目標値を2%としている。(中央銀行が目指す物価安定とは、経済主体が意思決定にあたり、将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてよい状態である。)

人々の予想するインフレ率が中央銀行の望む水準より高い場合は、金利を上げることで中央銀行はその予想に対抗する。人々が信じるインフレ率が高すぎる場合には、どれだけ高くでもその予想を潰すことができるが、低すぎる場合には、お金の価値を下げるのには限度があるため、その予想を潰すことはできない。

なお、中央銀行が目標を宣言するだけでは、信認の不足が生じる懸念がある。景気を重視する政府と異なる価値基準で政策選択をすることも想定して、制度面で独立性を確保することで物価の番人として十分な機能を持たせている。

2-2.物価を制御するための理論と政策

①インフレ予想に関する理論

インフレ率は、インフレ予想と失業率の変数である。インフレ予想の上昇はインフレ率の増加要因で、失業率の上昇は減少要因(逆に、失業率の低下は増加要因)となる。商品やサービスの値段を決める人たちは、今決めた値段が将来にわたって維持されるという認識のもと、先々の価格がどうなるのかという予想を踏まえて今日の値段を決める。そのため、インフレ予想はインフレ率の増加要因となる。また、失業率が低くなれば、人手不足の企業も出てくるので、賃金も上がり、それにつれて物価も上がると考えられる。

中央銀行は、(人々の)インフレ予想に働きかけてインフレ率をコントロールしようとするとともに、失業率を下げる目的で貨幣量を増やしたときに副作用としてインフレ率の上昇がどの程度になるかにも留意している。

②中央銀行の政策

中央銀行の金融政策において、トークは非常に重要である。人々はひとりひとりが自分のモデルをもっていて、それを使って情報取集しながら将来を予想している。そうした認識のもと中央銀行は人々への語りかけを強化している。

中央銀行が、以前とは異なり、おしゃべりになった理由は2つある。まず、金融市場の規模が大きくなり、市場の参加者も多様になったことがある。中央銀行が自らの政策意図を実現するためには、市場参加者の理解と協力を得なければならなくなった。もうひとつには、中央銀行が人々の予想を意識せざるを得なくなったということがある。例えば、日本の場合、規制金利の時代と異なり、金利は自由化されている。自由な取引を維持しつつ、政策効果の浸透を図るためには、予想に働きかけることで人々を誘導するアプローチをとる必要がある。

なお、中央銀行は金融のプロたちへの働きかけには成功してきたと考えられる。しかし、消費者や企業経営者等の金融のプロ以外の人たちへの働きかけはうまくいっていない。社会全体で見た場合、中央銀行に人々が関心を持つことは有意義である。物価が不安定になることを防げることで、社会が不安定になることを防ぐことができる。そうしたことから、「いかにして金融のプロ以外の人たちにメッセージを届けるか」が、日銀をはじめとする先進各国の中央銀行にとって現時点での最も大きな政策課題となっている。

2-3.日本の物価が動かない理由

①価格据え置き慣行

日本の物価が動かない理由は、売り手である企業が価格を動かさないからである。企業は消費者の怒りを恐れるあまり、原価の上昇に対して、世代内での表面価格の引き上げというもっとも標準的な対応は諦め、小型化によるステルス値上げと、世代交代時の値戻しという、変則的な方向に向かったとみることができる。

日本固有の企業の価格据え置き慣行が始まったのは、1995年からである。1990年代の金融危機以降消費者が出費を抑え、価格に下押し圧力がかかるものの、その圧力に対して企業は価格を下げないで据え置いた。その後は、大量に据え置きのままになっている。物価が全般に上がるわけではないという状況のもと、客が媒介する形で店舗間の価格の相互作用がおき、価格据え置き慣行が続いてきたのではないかと考えられる。

また、日本は商品の種類が多い。これはいったん市場にだすと価格変更できないが、商品を出す段階で価格付けできるということが関係している可能性が考えられる。たとえば、300店舗のスーパーでのシャンプーの販売履歴データを分析すると、「世代交代に伴って価格が上昇。誕生時の価格から一定幅下がり、閾値に達すると採算が取れなくなって退出」という価格変化が読み取れた。世代交代時の値戻しが、なぜ日本のデフレが長続きしているかを理解する上でカギを握っている可能性があると考えられる。

②デフレが問題である理由

日本のデフレについて、具体的にどこがまずいのかというのは超がつく難問であり、経済学者は理論やデータに基づいたきっちりした解答は用意できていないのが実際である。そのため、こういう確度から切り込もうとしているという糸口を提示したい。

デフレの問題点は、経済から活力を奪うことであると考えられる。原価が上昇しても企業は価格に転嫁できないと、企業は前に進む活力を失ってしまう。例えば、商品の小型化は、新商品を開発するのと同じくらいの労力が必要となる。同じだけの労力を使えば、これまで見たこともない新商品が生まれ、多くの消費者を喜ばせることも可能であると考えられる。そうした面を考えると、商品価格の据え置きは、現場から前向きな商品開発を行う機会を奪っているという点で社会に歪みを生んでいる。

3.感想

中央銀行の政策の背景にある物価理論については、散発的にメディアで触れる機会はあっても、(非専門家向けに)わかりやすくまとまっている本はなかなかないと思います。この本では、物価変動に関する理論の発展と中央銀行の政策の変化が明快に整理されており、非常にわかりやすく説明されていると感じました。

例えば、中央銀行の独立性というお題目のようになっている言葉について、歴史的経緯を踏まえてその意図するところがはっきりつかめる様な説明がされています。また、「なぜデフレが問題なのか?」など議論の出発点として当たり前とされているものの、実は明確な説明がなされていない論点についても、納得のいく議論が展開されていると思います。

日銀総裁交代に伴う金融政策変更についていろいろな記事が出ていますが、この本の内容を理解していれば、そうしたものが更によくわかるのではないかと思いました。

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FPです(ファイナンス修士/CFP認定者/FP1級技能士/宅建士)。 資産運用の観点から金融リテラシー向上に役立つ発信ができれば、と思っています。