ここ数回のまとめ的なものとして、今回は日本経済について包括的に書かれた本をご紹介したいと思います。
1.書籍詳細
書籍名:成長の臨界
著者名:河野龍太郎
発行元:慶応義塾大学出版会
発売日:2022年7月
河野龍太郎氏は、日本経済論を専門としているエコノミストです。
2.要約(ざっくり版)
この本の中心テーマは、「日本経済の長期停滞からの脱却」です。内容としては、既存の経済システムの先にある限界について、著者の問題意識と対応案を述べています。
日本経済の全体像にアプローチする上で、様々な観点から多岐に渡る内容について議論が展開されており、著者の結論を一言でいうのは難しいのですが、おおまかな論旨としては、下記のようになるのではないかと思います。
『1990年代後半以降に始まったIT技術の発展により先進国の労働市場は高賃金の仕事と低賃金の仕事に二極化し、一部の経済主体に所得が集中する分配の歪みが生まれている。
そうしたグローバルな環境変化のもとで、“繰り返し経済危機等に見舞われた不運”【BAD LUCK】、“儲かっても溜め込むだけの企業行動”【BAD MANAGEMNT】、“現役世代に負担を求める社会保障政策”【BAD POLICY】が合わさり、日本の長期停滞が形成されることとなった。
2010年代以降のアベノミクスにおいては、景気回復の長期化と完全雇用が達成されたものの、過度に景気刺激的な財政・金融緩和を続けたことが、資源配分を歪め、生産性上昇率と潜在成長率の改善には至らなかった。
2022年現在、国債バブルが生じ、長期国債が大量に低い利回り(=高い価格)で発行されても吸収されている。しかし、ひとたびバブルが崩壊するとマクロ経済と物価の安定が大きく損なわれるおそれがある。そのため、望ましくない事態が起こらない様に公的債務を制御してく必要がある。
今後の金融政策については、財政規律の弛緩を抑えるべく、金融政策が公的債務管理に組み入れられていることを前提に、アコードの見直し等政策運営の枠組みを考え直すべきある。また、財政政策については、長期の財政健全化プランを準備し、時間をかけてでも社会関係保障費などの経常的支出を経常的収入で賄う財政構造をつくらなければならない。』
(相当ざっくりですが、以下、1.グローバルな環境変化、2.日本の長期停滞の原因、3.今後の金融政策と財政政策 の流れでまとめてみました。)
2-1.グローバルな環境変化
1990年代後半以降のIT革命で、グローバル企業の業務について先進国から新興国への移転が進んだ。先進国では、中間的な賃金の仕事が減少し、高賃金の仕事と低賃金の仕事に二極化した。その結果、一部の経済主体に所得が集中する分配の歪みを生まれている。所得の偏在が貯蓄と投資のバランスを崩し、自然利子率が低迷し、成長を妨げている。
租税や社会保障を通じて、富裕層から低中所得者に所得移転を行うことが望ましい政策ではあるが、実際に導入することは難しい。これについては、アイデアが生み出す付加価値の帰属を再検討することも一案であり、過剰な知財権保護の見直しも必要と考えられる。
2-2.日本の長期停滞の原因
過去30年間、日本は長期停滞(低成長、低インフレ、ゼロ金利、膨張する公的債務)にある。その原因としては、上記グローバルな環境変化のもとで、BAD LUCK、BAD MANAGEMENT、BAD POLICYの3つの要因が大きく影響したと考えられる。
①BAD LUCK
(平成バブル崩壊後の国内の)金融危機、ドットコムバブル崩壊、グローバル金融危機等日本企業は繰り返し経済危機に見舞われてきた。その結果、リスクをとった企業は過剰債務を抱え人員削減を強いられる一方で、積極的な投資を行わずリスクを取らない経営者が任期を全うしてきた。
②BAD MANAGEMENT
少なからぬ日本の企業経営者は、儲かっても溜め込むだけの企業行動をとってきた。目先の利益確保を重視し、人的資本投資や無形資産投資を怠たるなど長期的な視点で行動しなくなった。(なお、日本企業がリスクを取らなくなったのは、1990年代末以降、グローバル資本市場からのプレッシャーに直面するようになったことも背景にある。)
③BAD POLICY
2000年代半ばの社会保障制度改革において、高齢者向けの社会保障費を現役世代の社会保険料の引き上げでカバーした。それにより、正規雇用の人件費が増加し、企業が非正規雇用により一層頼る結果を招いたと考えられる。(もし仮に消費税で対応していたなら、非正規雇用を増やす圧力はここまで高まらなかった可能性が高い。)
2010年代以降のアベノミクスの成果は、景気回復の長期化と完全雇用の維持である。経済運営においてマクロ経済の安定化には概ね成功したといえる。反面、景気回復の長期化にこだわりすぎるあまり、完全雇用に到達した後も過度に景気刺激的な財政・金融緩和を続けたことが、資源配分を歪め、生産性上昇率と潜在成長率の改善には至らなかった。
2-3.今後の金融政策と財政政策
2022年現在、国債バブルが生じ、長期国債が大量に低い利回り(=高い価格)で発行されても吸収されている。しかし、ひとたびバブルが崩壊すると、金融市場が混乱しマクロ経済と物価の安定が大きく損なわれる。そのため、望ましくない事態が起こらない様に公的債務の増大を制御していく必要がある。
①金融政策
財政規律の弛緩を抑えるべく、金融政策が公的債務管理に組み入れられていることを前提に、政策運営の枠組みを考え直す必要がある。公的債務が未曾有の水準まで膨張している以上、中央銀行はそれが金融市場にもたらすリスクの制御にこれまで以上に注力しなければならならず、長期金利の安定は日銀の使命とならざるを得ない。財政と金融政策の一体運営は、もはややむを得ないものであるとしても、その弊害である財政規律の弛緩を抑えなければならない。財政ファイナンスがゼロコストでないことを政府と日銀が確認し、アコードの見直しを行う必要がある。
②財政政策
金利急騰の可能性は高くないとしても、世界的にインフレが上昇しており、万一の場合に備えて、長期の財政健全化プランを準備し、時間をかけてでも社会保障関係費などの経常的支出を経常的収入で賄う財政構造をつくらなければならない。信頼に足る超長期(50年、100年単位)の財政健全化プランがあれば、不況期に機動的な追加財政を発動することは問題にならないはずである。また、持続可能かつ時代の要請にあった社会保障制度改革もあわせて行うことが必要である。
3.感想
「失われた××年」という言葉はよく聞くと思いますが、「その原因は?」となると、いろんな人がいろんな答えを言っていることもあり、自分で納得のいく答えをもつのは難しかったりすると思います。著者はグローバル経済と日本経済のすがたをまとめることを通して、家計/企業/政府といった日本の経済主体の行動を複合的に議論しており、長期停滞の原因に留まらず、日本経済の今後を考える上で多くの示唆が得られるように思いました。
具体的には、個人消費が伸びない理由、企業の生産性が高まらない理由、社会保障制度を変える必要がある理由など様々な論点についてグローバル/経済/政治/歴史を踏まえた著者の考察が500ページ強の本の中にぎっしり詰まっています。(要約には載せなかったのですが、ドル基軸通貨体制についても章を設けて掘り下げた考察がされています。)
この本の特徴は、日本経済をできるだけ多角的に捉えようとしている点にあると思います。その分ある種のわかりやすさはないのですが、著者の議論を追っていくことで新たな視点を得られる、そういう良さがあると思いました。また、著者はエコノミストとしてオーソドックスな立ち位置をとっており、展開される主張や議論の内容についてもバランスがとれている印象を受けました。