前回の記事に関連して、人口について考える際に参考になる本をご紹介したいと思います。
1.書籍詳細
書籍名:米国防総省・人口統計コンサルタントの人類超長期予測 80億人の地球は、人口減少の未来に向かうのか
著者名:ジェニファー・D・シュバ
発行元:ダイヤモンド社
発売日:2022年12月
ジェニファー・D・シュバ氏は、人口統計学の専門家で、米国国防総省の元人口統計コンサルタントです。
(なお、原著のタイトルは” 8 Billion and Counting: How Sex, Death, and Migration Shape Our World”で、発売日は2022年3月です。)
2.要約(ざっくり版)
この本は「人口統計から世界の今後をどう見るか?」について書かれています。(邦題から受ける印象と少し違いますが、)どちらかというと、”国や地域別の予測結果”そのものよりも”人口変動の要因とそれらが国や地域に与える影響”を説明することに力点が置かれています。
2-1.今後の予測とベースになる考え方
著者が予測する”21世紀前半の傾向”をまとめると、(骨子として)次のようになると思います。
①先進国か新興国かを問わず、多くの国で高齢化が進む。
②人口は世界全体で増加していくものの、その大半はサハラ以南のアフリカで起こる。(同地域の多くの国では、人口急増と若い人口構造が経済成長を妨げる等の困難を抱える。)
③世界全体(特にアジアとアフリカ)で、都市部に住む人口が増え、新興国においては都市のスラム化が広がる懸念がある。
著者の論理のベースにある“人口統計学的な考え方”をまとめると、概ね次のようになると思います。
①出生・死亡・移動の3つの要因が作用し、人口の規模・分布・構造(性別/年齢)が変化する。(国際移住者が世界の人口に占める割合は過去50年間で2~4%で安定しており、出生や死亡の影響力の方が移動よりも遥かに大きい。)
②国が発展するに従い、以下の過程を経て人口が変遷していく。
(1)多産多死から少産少死への”人口転換”を経験することになる。
(2)その転換が完了した後に、生産年齢人口の割合が増え、教育等必要な投資をしてきた国においては大きな発展を遂げる(=”人口ボーナス”)。
(3)そして、その後”高齢化”が進み、国によっては人口減少も進む。
③ただし、人口に関するデータを解釈して今後を予測する際には、(社会的な力等を含む)その他の要素もあわせて検討する必要がある
以下の内容は、上記②中の(1)~(3)の過程(下線部分)についての詳細説明になります。
2-2.人口転換
上記②(1)の多産多死から少産少死への”人口転換”について、著者は下記の4段階で進むとしています。
[第1段階]出生率も死亡率も高い。双方が相殺するため、人口はそれほど増加しない。
[第2段階]出生率は高いままで、死亡率が低くなるため、人口増加率が上がる。(医療の質が向上し、衛生状態が改善されるため。)
[第3段階]出生率の低下で、人口増加が少し緩やかになる。
[第4段階]出生率も死亡率も低いため、人口全体の増加スピードは大幅に落ちる。
人口は、政治、経済、社会関係と互いに影響しあうものであり、国が発展するにつれて上記段階が進んでいくとしているのですが、サハラ以南のアフリカの多くの国では出生率が継続して高止まりするため、上記の[第3段階]以降に進むのが難しいだろうとしています。(ただし、同地域であっても国ごとの違いはあり、現時点で既に出生率が低下傾向にある国も存在するとしています。)
<補足コメント>この本とは別に調べたお話ですが、上記の著者の考えのベースにある人口転換理論は、もともと西欧先進国の近代化から帰納的にまとめられたもので、経済社会の発展に応じた人口の変遷を説明する際に広く使われています。
2-3.人口ボーナスと高齢化
”人口転換”(上記②(1))が完了した後に、生産年齢人口が(従属人口に比べて)膨れ上がることによって得られる恩恵が、いわゆる“人口ボーナス”(上記②(2))であると説明しています。ただし、恩恵を受けて発展を遂げるのは、この時点までに教育政策や経済政策等の下準備をしてきた国のみ。必要な投資を行ってこなかった国は、そうした人口構造になったとしても、機会を活かすことはできないと指摘しています。
さらにその次にくるプロセスの話として、“高齢化”(上記②(3))があります。日本が現在直面している”高齢化と人口減少の同時進行”は、未知の人口構造であり最も先端的な事象であるため、既存の知見は存在しないという趣旨の話をしています。また、高齢化を迎える国においては経済的な強みや文化的要因も様々であることを注視すべきとした上で、個々の条件にあわせて経済問題に対する取り組み方を見直していく必要があるとしています。
<補足コメント>この本とは別に調べたお話ですが、日本は第2次大戦後の1950年頃に人口転換を経験し、1960年頃から1990年代初頭まで人口ボーナス期にあったとされています。その後、生産年齢人口は1995年をピークに、総人口は2008年をピークに減少に転じています。人口構造の変化の特徴として、日本の高齢化と人口減少は、他の先進国に比べて急速に進んでいるとされています。
3.感想
この本の中には、「人口動態ですべてが決まるわけではなく、解釈には慎重な検討を要する」という趣旨の言葉が繰り返し出てきます。言い換えると、「“人口増加=発展、人口減少=衰退”といっきに結論付けるのは論理の飛躍であり、諸々の条件をあわせて検討する必要がある」というような指摘になると思いますが、これは非常に勉強になりました。
また、「人口ボーナス期になってもそれまでに必要な投資を行っていなければ、恩恵をうけることができない」という話は言われてみると当たり前ですが、”人口ボーナス期=経済成長”という視点しか持っていなかったため、個人的には参考になりました。
これは人によって意見が分かれるところかもしれませんが、日本において高齢化と人口減少が今後も進むのであれば、低成長を前提とした経済を模索していく必要があるのではないかとあらためて思いました。
要約の部分でも少し触れましたが、全体を通して、”予測結果”よりも”ベースとなる考え方”のほうにページが割かれています。そのため、何を求めるかによってこの本に対する評価は変わるのではないかと思います。